SDGsの視点から 「ある町の高い煙突」の 今日的意味を考える

SDGsとある町の高い煙突
 映画「ある町の高い煙突」は、富国強兵の時代社会の中で、住民と企業が理想の地域をつくるために、艱難辛苦を乗り越え世界一の煙突を建て煙害を克服する物語です。2019年6月22日より、全国ロードーショー公開されました。
 「ある町の高い煙突」の原作は、昭和の文豪・新田次郎です。新田はあとがきの中で、「私は山口氏に、日立の大煙突にまつわる話をざっと聞いた。それは明治から大正にかけて、急激に発達した日立鉱山の煙害問題について、鉱山側と被害者側の農民とが、互いに誠意をもって忍耐強く交渉に当たって、ついにこの問題を解決したという夢のような話であった。日本は世界一の公害国であり、あらゆる種類の公害が発生し、そして一つとして、完全に解決したということを聞いたことのない奇妙な国である。(略)煙害の問題が見事に解決された実例が、すでに数十年前にあったということは、まことに耳寄りな話であった」と、執筆の動機を記しています。
 日立市の日立鉱山が発見されたのは、16世紀の室町幕府時代です。1905年に実業家の久原房之助が買収してから、日立鉱山で本格的な採掘が始まります。金・銀・銅・亜鉛を生む日立鉱山は、秋田の小坂鉱山、栃木の足尾銅山、愛媛の別子銅山とともに「日本四大銅山」と呼ばれ発展しました。
 その一方、本格操業を始めた翌年、初めて鉱山由来の煙害が観測されました。鉱山から流れる亜硫酸ガスの排煙が、農業を営む地元民に深刻な土壌汚染をもたらし始めたのでした。
 映画「ある町の高い煙突」にも描かれるとおり、日立鉱山はどうにかして煙害を食い止めようと努力しました。1911年には長さ2キロにわったムカデのように地を走る「百足煙道」を、1913年には「ダルマ煙突」を建設しましたが、煙害を食い止めることはできませんでした。
 足尾鉱毒事件をはじめとする日本の公害は、加害者と被害者が対立を繰り返す悲劇の歴史でした。日立鉱山の補償係も当初は『どうしたって煙害や公害は出る。鉱山の操業は国策なのだから仕方がないだろう。被害を受けた住民には、カネを払って補償すればそれでいい』という発想でした。納得できない住民は、裁判を起こして闘う道もありました。暴力的な抗議行動を起こす選択をもありました。こうした対立を乗り越え、日立鉱山と住民は英知の対話と協調によって、ともに問題を解決していったのです。
 三番目の煙突を造るのは不可能と思えました。当時は第一次世界大戦開戦直前の時期で、地元住民を犠牲にしてでも銅山操業を続け、補償金で片を付けるなり、集団離村を促すのが政府の方針でした。そのような状況の下、日立鉱山は遂に大英断を下します。低い煙突という国策に逆らって、世界最大の煙突を造ることを決断したのです。


SDGsとある町の高い
 小説が生まれて半世紀。松村克弥監督の手で映画として蘇った「ある町の高い煙突」は、国連が掲げる持続可能な開発目標・SDGsの精神を見事に体現した作品となりました。
 SDGsは2015年9月の国連サミットで採択され、国連加盟193か国が2030年までに達成すると約束しました。
 SDGsは17の大きな目標と、それらを達成するための具体的な169のターゲットで構成されています。映画「ある町の高い煙突」に描かれる取り組みは、目標12「つくる責任つかう責任」、目標11「住み続けられるまちづくりを」、目標8「働きがいも経済成長も」、目標15「陸の豊かさを守ろう」に通じます。さらに、その煙突建設に至る道筋は、目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」に合致します。
 現在、日本では政府が旗振り役として、大企業、地方自治体、教育関係者、企業、団体などがこぞってSDGsを推進しています。映画「ある町の高い煙突」は、映画メディアとしてははじめてSDGsの普及促進に協力することを宣言しました。作品のエンドロールにはSDGsのロゴが大きく掲げられました。
 松村監督は、「100年前に大煙突を造った時代の日本の社会問題は、世界中にまだまだたくさん存在するのです。『ある町の高い煙突』を中国や韓国をはじめとする海外の人々に観ていただければ、今に生きる教訓やメッセージを受け取ることがきっとできます」と熱く訴えます。作品はすでに英語や中国語など5カ国語に翻訳され、10月には、中国三大映画祭の一つ『シルクロード国際映画祭』で、プレミアム招待作品として上映されました。
 監督とともに作品作りに取り組んだ城之内景子プロデューサーは「政府与党も経団連も、『CSRからSDGsに』が共通目標です。CSRやSDGsという言葉すら誰も知らない時代に、日立鉱山でCSRとSDGsの教科書とも言うべき奇跡が実現しました。日立鉱山の歴史は、古今東西ほとんど類例がない誇るべき成功例です。今こそ人類社会は、日立鉱山の原点に立ち返るべきではないでしょうか」と語っています。
  
映画「ある町の高い煙突」
 新田次郎の小説を映画化。煙害による環境破壊と闘った茨城県日立鉱山と地域住民の姿を描く。監督・松村克弥。脚本・松村克弥、渡辺善則。出演・井手麻渡、渡辺大、小島梨里杏、吉川晃司、仲代達矢ら。地域住民、地元企業、自治体などの協力によられて作られた映画作品。茨城県魅力映画支援事業対象作品。第6回シルクロード国際映画際プレミアム招待作品。2019年6月から全国ロードショー公開。

地創研のパンフレット(http://chisoken.blog.jp/200221sdgs_entotsu.pdf)