災害時の“個別避難計画”の課題と重要性

「個別避難計画」とは、災害時に自力での避難が難しい方を対象に、一人ひとりに合わせた避難の方法や支援体制を、事前に具体的に決めておく計画のことです。「計画」と聞くと堅い印象がありますが、目的はとてもシンプルで、「助けが必要な人を、確実に安全な場所に導く」ことに尽きます。

日本では毎年のように大きな自然災害が起きています。そのたびに問題として浮上するのが、避難が間に合わなかった高齢者や障害のある方の命です。国は災害対策基本法を改正し、市町村が作成する「避難行動要支援者名簿」に基づいて、こうした方々の避難支援を強化するよう求めました。そして次のステップとして進められているのが、この個別避難計画づくりです。

計画では、たとえば次のような内容を事前に整理します。・どんなタイミングで避難を開始するのか
・誰が安否を確認し、誰が付き添うのか・車いすや福祉車両は必要か・避難先はどこか、そこまでのルートは安全か・本人が不安に感じていること、配慮すべきことは何かetc
こうしたことを、本人と家族、民生委員、自治会、防災士、ケアマネジャーなど地域の支援者が一緒になって話し合い、紙に落とし込んでおきます。いざという時に迷わず行動できるようにする、心強い備えになります。

しかし、実際に地域で活動していると、この制度が抱える悩ましい現実にも直面します。「避難行動要支援者」として名簿に載せる対象の条件が、市町村によって異なっているのです。国の定義が一本化されているからといって、現場が同じとは限りません。外から見れば似た状況の人でも、「この自治体では対象、隣の自治体では対象外」ということがいま起きています。独り暮らしであっても、周囲の支援が見込めると判断されれば名簿に載らず、個別計画も作成されません。本人が「自分は大丈夫」と答えれば対象から外れることもあります。逆に、民生委員さんが「この方は支援が必要だ」と思っても、その判断が十分に反映されない場合もあります。「同じ困りごとに対して、支援の手が伸びるかどうかは住所次第」というのは、命を守る施策として看過できません。

いま国は、2026年頃までに優先度の高い方から個別避難計画を完成させるよう求めています。「ハザードが高い地域に住む」「夜間独居で判断が難しい」「医療的ケアが必要」など、命に直結する要因を踏まえた優先順位の見える化が問われています。茨城県も、民生委員やケアマネジャー、自治会と連携しながら支援者確保に動きだしています。制度を正しく理解していただくこと、日頃から顔の見える関係をつくっておくことが、本当に必要な支援につながります。

私はこの取り組みは行政だけに任せるべきものではなく、住民同士のつながりで育てていく「地域防災」そのものだと考えています。制度を知ること、声をかけること、「私たちの地域は誰を支えなければならないのか」と関心を持つこと。ほんの少しの気づきが、将来の命を守る準備につながっていきます。防災士会としても、図上避難訓練を通して地域の中にある課題を共有し、支え合いの環を広げる役割をしっかり担っていきたいと思います。

ちなみに、茨城県内市町村の個別避難計画の作成率をみてみると、それは約30%となっています。全国平均14%を大きく上回り健闘していますが、自治体ごとのバラつきが大きいのが現状です。
計画作成率が100%の自治体がある一方で、10%にとどまるところもあります。制度そのものが十分に知られていないこと、個人情報への不安から同意が得られにくいこと、支援者や職員の確保が追いつかないことなど、さまざまな課題が立ちはだかります。
牛久市では、約1,500人の対象者が確認されている中、計画作成済みがわずか1人という状況にあり、丁寧な調整がいかに大変かを示しています。
一方、北茨城市は実際に支援が必要な方に対象を絞ることで、限られた人員でも計画づくりを前進させ、全員分を作成し終えることができました。地域の実情を踏まえた工夫ひとつで未来は変えられる。そのことを教えてくれる事例です。